私がボノボの情報発信をする理由 〜 「 横山拓真の霊長類研究所」

YouTubeチャンネル「横山拓真の霊長類研究所」で野生ボノボの研究や生態について情報発信をする研究者、横山拓真さんに活動についてお話を伺いました。

初めまして。京都大学霊長類研究所の横山拓真(よこやまたくまさ)です。コンゴ民主共和国・ルオー学術保護区・ワンバで野生ボノボの研究をしています。

ボノボの魅力とチンパンジーとの違い

みなさん、「ボノボ」をご存じですか?

正直なところ、私も数年前まではボノボという生物を知りませんでした。「チンパンジー」や「ゴリラ」と聞くと、「あの賢い類人猿だね!」「あのカッコいい類人猿だね!」と容易に想像できると思いますが、「ボノボ」と聞いてもイメージが湧かない方が多いと思います。

「ボノボ」はチンパンジーと同じく、私たちヒトと最も近縁な類人猿の1種です。見た目はチンパンジーに非常に似ていますが、その社会性は大きく異なります。

チンパンジーの場合は、オス中心社会と表現されることが多く、群れの中のオスの順位がメスよりも高く、様々な行動の主導権や優先権をオスが握っていると言われています。

反対に、ボノボはメス中心社会であると言われています。メスがオスよりも社会的順位が高く、採食や遊動、性的交渉などの主導権や優先権を握っているとされているからです。

さらに、ボノボたちは同種殺しをすることがなく、「平和的な類人猿」と表現されることも多いです。実際に現地でボノボを観察していても、どこか私たちヒトと似ているように見えて、とてもかわいらしく、時に恐怖すら感じることもあります。

過酷な環境下でボノボを研究する

そんな野生のボノボたちはアフリカのコンゴ民主共和国にのみ生息しています。残念なことに、日本の動物園にはボノボは一頭もいないため、日本人がボノボに出会う機会はほとんどありません。

私が調査をしているルオー学術保護区・ワンバは、1973年から京都大学の日本人研究チームが長期的な調査を継続して行っています。

コンゴ民主共和国は恵まれた自然、感情豊かな人々に溢れる、非常に魅力的な国ですが、反面、エボラ出血熱の流行をはじめとした衛生的な問題、政権交代を伴う紛争の危惧など、政治的に不安定な国でもあることから、一般人が入国・滞在することは難しい国かもしれません。

また、ルオー学術保護区・ワンバも、コンゴ民主共和国の奥地にあり、調査地に向かうのにも、莫大な資金と労力がかかります。ルオー学術保護区は、電気・水道・ガス、ありとあらゆるインフラがなく、まさに「秘境」とも呼べる場所だと思います。

私が野生ボノボの研究を始めた理由とは

そもそもなぜ、私が野生ボノボの研究を始めたか、それはボノボの「とある行動」に興味を持ったからです。

もともと私は、レズビアンやゲイなどのLGBTQに関連した人類学的研究をしていました。日本では同性愛やLGBTQに対する理解や取り組みが増えていますが、国際的に見ると、まだまだ同性愛やLGBTQに対する不条理な差別や間違った認識は依然存在しています。

そんなLGBRQに対する世界の実態を知るために、2016年にセネガル共和国で同性愛に対する意識調査をしました。セネガル共和国は2014年の米企業の世論調査によって、同性愛者が最も暮らしにくい国とされています。

実際に調査をしてみると、同性愛やLGBTQに対する酷い偏見や差別に落胆しました。時には、このような調査をしている私ですら「危険な目に合う可能性がある」と調査を中止するように促される場面にも出くわしました。

ある日、セネガルで調査をしていると、インフォーマントの「同性愛者は子どもが残せないから異常だ」という意見を耳にしました。

私は、少しでも多くのLGBTQ当事者の支えとなるような研究をしたいと常日頃願っていますが、当時の私は、彼の意見に対して適切な答えを返せずに葛藤を覚えました。また、2021年にも日本のとある衆議院議員が性的マイノリティの人たちをめぐって「生物学上の種の保存に反する」という趣旨の発言をしたことも記憶に新しいと思います。

確かに、ダーウィンの自然淘汰説から考えれば、子孫を残すことのない同性愛的行動は繁殖戦略から逸脱しており、世代を重ねるにつれ淘汰されていくかもしれません。しかし、実際には、ヒト以外の様々な野生霊長類にも同性愛的行動が観察されています。

セネガルにて

ボノボ特有の行動「ホカホカ」は社会的交渉

その1つが、ボノボのメス同士が行う「ホカホカ」と呼ばれる行動です。「ホカホカ」とは、ボノボのメス同士が対面して抱き合い、ピンク色に腫れあがった生殖器を擦り合う行動です。

初めての方がボノボの「ホカホカ」を見ると、ぎょっと驚くかもしれません。ひょっとしたら、「ホカホカ」は「エロティックな性交渉」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしこれまでの研究では、ボノボの「ホカホカ」は性的交渉というよりも、むしろ挨拶行動のような社会的交渉であるとされています。

例えば、海外のとある国では、ハグやキスという行動は、挨拶や社会的交渉として行われることがあると思います。しかし、私たち日本人から見たら、ハグやキスは特別な相手にしか行わない、性的意味合いを含んだ交渉だと感じる方も少なからずいらっしゃるかもしれません。

ボノボの「ホカホカ」も同様に、私たちヒトから見たら、性的交渉に見えるかもしれませんが、これまでの科学的根拠によれば、「ホカホカ」は社会的交渉の1種だと見なされているわけです。

このボノボの「ホカホカ」をはじめ、類人猿や霊長類の同性愛的性交渉の性質や機能を比較することによって、「同性愛者は子どもが残せないから異常だ」「生物学上の種の保存に反する」という趣旨の発言に対して、科学的根拠を持って説明することが可能になるのではないかと思い、現在のボノボ研究をするに至りました。

LGBTQ研究に対して、進化生物学的アプローチに基づいた新たな知見を提示することで、ヒトの同性愛の存在意義を証明することが、私の研究における大きなテーマの1つです。

または「ヒトとは何か」「ヒトはどこから来て、どこに向かうのか」という人類永久の課題の解決を目指すことが、ボノボ研究や類人猿研究、霊長類研究の大きな目的の1つでもあります。

YouTubeを使って正しいボノボの魅力や情報を伝えたい

私は、2019年9月からYouTubeでの情報発信を始めました。

ボノボ研究を始める以前の私は、著書や論文を読んで、ボノボに関する基本的な知識を学びましたが、やはり活字だけでは、ボノボの魅力や実態をつかむのに苦労しました。実際、初めて私が現地でボノボ調査を行った際には、大きな興奮と感動を覚えましたが、自分が想像していたボノボの姿と、実際のボノボの姿の違いに驚愕しました。

多くの人は、実際に野生のボノボを観察したいと思っていても、なかなかその機会に恵まれないのも事実だと思います。そのため、実際に現地で撮影したボノボのありのままの姿を多くの方に知ってもらい、ボノボの魅力や研究活動の面白さを共有したいと思ったため、YouTubeを始めました。

同時に、YouTubeを通して、ボノボに対する間違った認識や誤解を改めたいとも思っています。ボノボは非常に魅力的で可愛らしい生物の1種なのですが、残念ながら、多くの誤解をはらんだ動物でもあります。

巷では「ボノボはエロい動物だ」と表現されることもあります。また、数少ないテレビ番組がボノボについて紹介した際にも、間違った情報を伝えていることもあります。真剣にボノボ研究をし、時に愛着すら覚えさせるボノボたちだからこそ、ボノボについて間違った情報を耳にすると、とても残念に思います。

だからこそ、YouTubeを通して、正しいボノボの情報や魅力を伝え、1人でも多くの方に興味を持っていただければと願っています。それが、未来のボノボ研究や科学の発展、野生生物の保護活動の推進のきっかけや原動力になるかもしれないと、大きな希望も抱いています。

「ヒトとボノボが共存する社会」を成立させるために

野生ボノボの研究をしている私にとって、科学の発展に貢献することは大きな使命でありますが、同時に、ボノボをはじめとした絶滅危惧種や野生動物の保護活動を行い、持続可能な開発に貢献することも大切な役目の1つです。

ルオー学術保護区・ワンバは、世界の野生動物研究サイトと比較しても、非常に稀有なフィールドの1つなのかもしれません。

野生動物研究、特に絶滅危惧種を対象としたフィールドでは、対象種の保護活動を推進するために、現地の村人の立ち入りや居住を制限することもあります。しかし、ルオー学術保護区・ワンバでは、ヒトもボノボもワンバの森でともに過ごし、ともに森の恵みを享受して生活をしています。

ワンバでは「ボノボとヒトは互いに助け合って生きている」という伝承があり、村人たちにとってボノボは兄弟・姉妹のような存在なのです。ボノボだけでなく、村人たちも森で豊かな生活を送り、「ヒトとボノボが共存する社会」を成立させるために保護活動の推進や、持続可能な地域開発を目指して日々活動をしています。

ボノボを守るためには、現地の村人たちの理解と協力は必須です。

野生動物をめぐる保全と開発のプロジェクトは世界各地で行われてきましたが、多くの取り組みが失敗に終わっています。それは、野生動物の保護活動を行う以前に、現地の人々の理解と協力を得ることが非常に難しいためでもあると思います。

そんな中、ルオー学術保護区は保全と開発を両立させている非常に貴重なサイトの一例だと思います。例えば、ルオー学術保護区・ワンバで研究をしている日本人研究チームは2004年に「ビーリア(ボノボ)保護支援会」を設立して、現地の村人の支援やボノボの保護活動を継続的に行ってきています。

長期的なボノボの研究活動を行うためには、保全活動と地域開発の推進が必須なのです。

調査は大変、でもまた戻りたくなる

正直なことを言うと、ルオー学術保護区におけるボノボ調査を終えるたびに、「もう二度とコンゴに戻ってくるものか!」と思います。

例えば、2020年1月から半年間の長期調査のためコンゴに訪れましたが、新型コロナウイルスの影響で調査の途中中断を余儀なくされました。その際には、1カ月以上も日本へ帰国することができなくなり、これ以上の苦労はもう一生味わうことはないだろう、と思うほどの経験をしました。

また、朝から晩まで森で野生ボノボを追跡する毎日は体力的にも非常に大変で、体のあちこちが軋む音が聞こえてきます。さらに、現地での研究活動や保全活動をめぐって村人たちと衝突し、心底落胆することも多々あります。

しかし調査を終えて、日本に帰ってから毎日のようにおいしい食べ物を食べ、暖かいお風呂に入り、フカフカの布団で眠る、そんな当たり前のような平穏な日々を過ごしていると、不意にあの目まぐるしいコンゴの生活を恋しく思ってしまうのです。

「そんなに大変な場所なのに、どうしてまた戻りたいんですか?」と聞かれることもしばしばありますが、この質問に科学的根拠を持って答えることは一生できないかもしれません。「コンゴの毒」に侵され、もはや私は中毒者になってしまったのでしょう。

そんな魅力の溢れるコンゴ民主共和国・ルオー学術保護区における野生ボノボの魅力や研究活動について、YouTubeを通して少しでも共有できればと思っています。

皆さんも、横山拓真と一緒に「コンゴの毒」に侵されてみませんか?